先日ふと、訪問看護のマイナース制という働き方がいいなと思う瞬間がありました。
自分自身で、やりがいだと感じられた瞬間でした。
今回は、当社で取り入れている「訪問看護の働き方!マイナース制ならではのやりがいとは?」をテーマにお伝えしていきます。
訪問看護におけるマイナース制という働き方を、ぜひ知っていってくださいね。
病院で働いていた過去を振り返ると…
病院時代は、私の場合は、毎日が台風のようでした...(笑)
それは時間的に忙しいと言うだけではなく、行き先がわからなかったからと現状では振り返っています。
新社会人でお世話になった大学病院は、私に多くのことを与えてくれました。
そこで、ただひたむきに日々精進していました。
知識や技術を磨けば、今のエビデンスを知れば、多くの方をよりよくケアできると信じていました。
現に専門・認定看護師といったスペシャリストだけでなく、特定行為研修を整備し、スピーディな医療ケアを提供できる看護師の育成を厚生労働省も推進しています。
私はまだ経験値も偏りがある方なので、将来的には何か深く学ぶことができればと考えています。
私の思う「やりがい」とは?
仕事におけるやりがいとはなんでしょうか?
医療職にとってのやりがいとはなんでしょうか?
お読みくださっている、貴方にとって、向き合っておられるものの、やりがいとはなんでしょうか?
人それぞれ経験や、価値観が違うので正解はないかなと思います。
共通することといえば、多くの医療職が壁に当たる生と死に向き合う辛さです。
どんなに知識を磨いても、あがくことができないものです。 それは、在宅でも同じです。
ただ、私の中で変わったのは、“利用者さまの安心を見つける”ことで、積み重ねがそれがやりがいに繋がっています。
病院時代は、力不足な上に多忙すぎて、また、他スタッフとの連携もあり、患者さんの安心できることを探すことだけに注力できませんでした。
また、私は、他の訪問看護ステーションでの経験がありますが、そこでは管理者の方にシフトを組んでいただいていました。
申し送りにより継続看護は努めましたが、自分の中でのケアがどうしても断続的になっていました。
例えば、精神疾患の方のケアや、今後に関しての思いの表出をしてくださっても、次回訪問までに期間があると、詰めていくことが難しかったです。
当ステーションのマイナース制であるからこそ、必然的に時間の共有が増え、関係性を深めやすく、それが安心にもつながると感じています。
訪問看護の新しい働き方!マイナース制とは?
当社で取り入れているマイナース制とは、担当制の訪問看護を指します。
マイナース制を取り入れることで、利用者さんにとって永く寄り添った看護を提供できると考えています。
マイナース制の詳細はこちらをご参照ください。
マイナース制での看護を実践していく中で、観察できる機会が増え、疑問も持ちやすく、評価がしやすいと感じるようになりました。
たとえば
- 「前回〇〇とおっしゃっていましたが、その後はいかがですか?」
- 『私なりに〇〇を考えて、ご参考になればとお持ちしました!』
- 先週よりも、歩行が安定されているけど(不安定になっているけど)何か生活に変化があったのかな?身体がよくなられたのかな?(どこかに負担がかかっているのかな?)
- この方が好きなことは何かな?せっかく退院されて、してみたいことはお持ちかな?
- この方の最期を、どう過ごしていただくといいかな?
- 最近、ご家族さまとゆっくりお話ししていなかったけど、どうされているかな?介護疲れはないかな?
など、継続した看護を提供することができています。
その結果、前回訪問時を踏まえてのケアがスムーズにできたり、変化に早く気がつけ、悪化予防や機能回復への援助・連携がスピーディにできます。
また、ご家族のサポートがあっての在宅療養の方も多く、継続的に関わらせていただくことでご家族への支援も自然に行えます!
これは、ペアで動いていても、同様です。社内・スタッフチャットがあるので、共有・相談しやすいです。
相談を受けた時も、先輩方の視点が学びになり、訪問で活かすことができます。
特に、Nアート訪問看護ステーションでは経験豊富なジェネラリスト看護師、専門・認定看護師の先輩方もいらっしゃるので、その知識共有や、視点の学びはとても大きいです!
訪問看護の働き方!マイナース制を取り入れて感じたこと
当然、試行錯誤な毎日ですが、自分の中でもPDCAサイクルが回しやすいので、より良いケアを行える瞬間が増えた気がします。
私たちは、あくまで、医療知識を持ったサポート役なので見返りを求めてはいけないと考えていますが、利用者さまやご家族さまからの『ありがとう』や『来てくれるの待ってた!』『こいつは人見知りやけど、安心してるんやろう』といったお言葉にパワーをいただきます。
また表情が柔らかになられたこと、意欲が向上されたことなどから、ケアの方向性が間違っていないことがわかります。
そして、名前を呼んでいただくことが多くなったように感じます。 認知症の方で短期記憶障害があっても、覚えてくださっている方いらっしゃって。 (ペア制の方でしたので、)
「こんな看護師さんが2人も来てくれて、華だね」とニコニコされている方も。笑
名前を覚えているというのは、名前と顔が一致していなければなりません。
認知症の程度にもよりますが、たとえ、名前がわからなくても、お顔は覚えてくださっているかたもいらっしゃいます。
安心を提供できた時にやりがいを感じる
ケアマネージャーさんからは、「〇〇の援助の目的で訪問看護をお願いします。」といったふうにご依頼をお受けさせていただき、主治医の先生からは、「〇〇を注意してみてください」などと指示書をいただきます。
初対面の時は、緊張されていますが、月日が流れ流につれて安心してくださるか否かは、私たち訪問看護師の想う気持ちなのかなと感じています。
それがどこから来るかは、私の場合はやりがいで、目の前の方にいかに安心していただくかです。
マイナース制での看護を提供し、利用者さんやそのご家族に安心を提供できた時に、大きなやりがいを感じることができます。
実は、私の祖父も、訪問看護師さんに来ていただいていました。
その家族としての立場からの経験もあり、在宅医療の道へ転身しましたが、母からもよく聞くことがありました。
「このかたは丁寧、あのかたは自分のことばかりで、おじいちゃんも来てほしくないといっていた。背中拭いてくれはるのも、クリーム塗ってくれはるのも、気持ちいいとか、雑って感じるとか、してもらう側はよく感じるよね。」と。
何かをするときに、私たちは、受け手のことをどれだけ感じていられるでしょうか。
何かサービスを受けて、どんな時に気持ちが和らぐでしょうか。
近代看護教育の母であり、クリミアの天使と称されたフローレンス・ナイチンゲールは以下のように述べていいます。
“看護を行う私たちは、人間とは何か、人はいかに生きるかをいつも問いただし、研鑽を積んでいく必要がある。”
“経験をもたらすのは観察だけなのである。”
私も、まだまだ未熟者です。
偉そうなことは言えませんし、焦ることもあれば、余裕がないこともあります。
だからこそ訪問時には、これが毎回あるとは限らないから丁寧にケアをしたいと考え、向き合う努力をしています。
学生時代に、ある先生が教えてくださいました。
「看護の“看”という字は、手と目で構成されています。
目で見たもの=観察が何よりものはじまりです。
そして、あなたたちの丁寧なタッチングが、患者さんをケアします。」
日々謙虚な気持ちを大切にしたいです。
繋いでくださるご縁を、大切にしたいです。
できることしかできませんが、精一杯させていただきます。
至らないことがあれば、教えていただきたいです。
まとめ
Nアート訪問看護ステーションの先輩スタッフは、温かい方ばかりです!!
先輩方のお力もあって、目に見えない自分の思いだけでは形になりづらいことが、ようやく実感できるようになってきました。
たくさんの方に支えていただいて、看護師をしていて良かったと思えることが増えました 本当にお陰様な日々です。(嬉涙)
- 在宅療養を検討しているけど、できるか不安
- 訪問看護ってどんなことをしてくれるの?
- 同じ人に来てもらいたい。
在宅サービスを利用したことがなく、専属のケアマネージャーさんがおられない方や、今は利用を考えていないけど、将来的に…など、このようにお考えの方は、ご相談もお気軽にしていただければと思います^^
本日も最後まで長々とお読みくださって、ありがとうございました!!